2011年6月7日火曜日

幸せのモノサシ

6月2日のクローズアップ現代で、

  幸せのモノサシ 
  ~指標づくりの模索~
が放送された。
幸せ…とらえどころのない、人類の永遠のテーマ。この幸せというのは、どうやって測るのか?…今、世界各国で、国民の“幸福度”を測る新しい指標づくりが進んでいる。背景にあるのは、これまで社会の豊かさを測る基準とされてきたGDPなど経済指標の行き詰まり。所得上昇と幸せが結びつかない(幸福の逆説)、地球環境などの持続可能性がない(成長の限界)などが明らかになり、社会の進歩を何で測っていくのかが改めて問われているのだ。日本でも内閣府が、経済学者・社会学者・心理学者の意見を集約し、幸福度指標の原案を示す計画だ。一方、自治体や企業の中には、経済成長や所得上昇など金銭の豊かさでない、新たな幸福論を掲げて既存のあり方を見直そうとするところも出てきている。何故今、幸せを測る必要があるのか?一体、これからの日本の「幸せ」とはどんなものなのか?これから私たちがめざす社会のあり方・人々の生き方を、指標という側面から考える。

 まず気になったのが、幸福度が低い理由として、「格差」や「将来の不安」などの「社会的不安」を指摘することが当たり前のようになっていることだ。

昔はもっと幸せに暮らしていたのに、近年の政治不信なども重なって、日本人が幸せを実感していない、という論調である。

はっきりいうが、これは事実とまったく異なる。

日本の幸福度は、1958年からほぼ変化していない。そして1980年代のバブル期には、日本は世界で2番目に格差の少ない社会だった。当時の失業率も2%程度と、雇用の問題も年金の問題も一切なかった。しかし、当時の日本の幸福度は、今と同じく先進国で最低だった。
(参照:『幸福途上国ニッポン』目崎雅昭著)

要するに、現在の日本人の幸福度が低い理由に、格差等の経済・社会的な要因はまったく関係ないのが事実である。もちろんGDPとも関係ないことは、周知の事実だ。

「昔は幸せだった」と言ってる人も、単なる勘違いなのである。なにしろ、50年以上も前から日本の幸福度が変わっていないのだから。

では、なぜ日本人はそれほど幸せを実感していないのだろうか。

実は、日本とまったく同じ傾向を示している国がある。韓国、台湾、香港、シンガポールである。これらの国は、すべて幸福度があまり高くない

ここから推測できるのは、東アジア(シンガポールは東アジアではないが、華人が77%を占めている)には、社会構造として幸福度を低くする仕組みがあるのではないか、ということである。

次回から、「幸福度を頭打ちにする構造」について、考えていきたい。


.

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントありがとうございます。
みんなでいろいろなことを、それぞれが違った視点で考えていきましょう!