2012年5月18日金曜日

お知らせ

5月19日(土)18:15から渋谷アップリンクで上映される映画「Happy」の上映後、19:35~20:05まで「世界100か国を10年かけて見つけた幸せとは?」というテーマで話をします。

5月21日(月)13:00から、インターネット番組「エデュセッション!東大院生と教育の未来を語る」で、、勉強を教えない新しいスタイルの学習塾「プラスティー」の代表でもある清水章弘氏と教育について対談します。ライブ配信です。



2012年5月12日土曜日

映画『Happy ~しあわせを探すあなたへ』

先日、映画『Happy』を観た。

個人的に幸せの研究をしている私にとって、「幸せ」「幸福」「Happy」というキーワードには敏感に反応する。

ただ、「幸せ」を題材にした映画となると、ありきたりな、ふわふわっとしたイメージで終わってしまうのかな、という先入観があった。

で、まず最初の感想。

この映画、私の本(『幸福途上国ニッポン』)を映画にしたら、こんな感じになるのかな・・・。というか、登場してくる心理学や脳科学の専門家の人たち、全員の文献を読んでるし、引用してる箇所なんかもほとんど同じ。さらに、日本の「過労死」も取り上げ、日本人の幸福度の低さについて問題定義もしている。半分ぐらいは、拙著の内容といっしょ!最新の科学的な幸福の研究に基づきながら、世界の人々を紹介している。

でも書籍では表現できない、映像ならではのインパクトも凄いと思った。
トラックに顔をひかれ、顔の半分が変形してしまった女性が、「今のほうが幸せよ」と微笑む姿にウソはない。本当の幸せのありかたについて、心に突き刺さった場面だった。

その他にも、インドのスラム街で生活する幸せな人々や、ブラジルの明るい老人サーファーなど、観ているだけでも幸せを共感できる人たちが沢山でてくる。

さすが世界16ヵ国を6年かけて取材したドキュメンタリーだけのことはある。

あえて言うと、「では、なぜ文化や社会体制の違いで幸せにも違いがでるのか?」という点については、疑問が残る作品でもある。でもそこまでをひとつの作品に求めるのは、ちょっと求めすぎかな。

少なくとも、いろいろと幸せについて考えさせられる作品であることは間違いない。

幸せに関心がない人はおそらくいないと思うので、誰にでもお勧めできる作品ですね。

5月12日(土)から25日(金)まで、渋谷アップリンクで公開してます!






2012年5月6日日曜日

参加者募集

これまで毎月開催していた勉強会を、今月から全4回シリーズとして5月17日から開催します。

世界を5つのエリアに分けて世界紀行の談話を交えながら、世界の人々にとって幸せとは何か、そして人類に共通な幸せはあるのか、について考えていきたいと思います

フェイスブックをやっている方はこちらから:

【Well-being Lab.4回シリーズ】

■目崎雅昭の世界漂流紀行■ 
  ~グローバル化する社会で私たちは経験を共有できるのか~

14世紀の大航海時代、海を渡り国境を越えた貿易が行われるグローバリゼーションが始まりました。
それから600年が経過する今、グローバル化は国家間という大きな枠に収まらず、地域や組織、そして個人をも飲み込んで進行しています。

その結果、私たちは時間や場所の壁を越えて人と繋がれるようになりました。更に、ゼロ年代以降はスマートフォンやSNSサービスの普及により、新たな情報との出会いに拍車をかけています。

14世紀、大航海時代に人々が見たグローバル化の未来…それは人々が様々な制約から解き放たれ、文化交流を通じた豊かなライフスタイルを手に入れることでした。
そして現在、私たちは豊かな生活を手に入れることはできたのでしょうか?グローバル化が日本にもたらした未来、それは表層的な人間関係が増え、絆をベースにした関係性を築けない「すれ違い」を感じさせる社会…ではないでしょうか?

グローバル化時代に生きる…、それは日々巡り会う人から、経済、文化と様々な次元で自分の廻りをとりまく社会を見渡していくことに他なりません。 
この講座では世界の政治や経済や文化へと目線を広げ、私たちが生きる社会を認識するための見取り図を作成していきます。
その上で、皆様が日常を見つめ直し、自分の価値観を変えていくための材料を提供していきたいと考えています。

■講義計画(4回シリーズ)
第1回(5月)→アジア漂流紀行 〜瞑想の国は何を見ているか?〜
第2回(6月)→中東、アフリカ 〜寛容性のある社会について考える〜
第3回(7月)→南米、ヨーロッパ 〜多様性が存在する社会とは何か?〜
第4回(8月)→日本社会を振り返る 〜グローバル化についての考察〜

■各回の形式
・講義(60分)
・質疑応答(20分)
・シェアリングセッション(40分)
・懇親会(60分)

【5月定例会のご案内】

●日 時:5月17日(木) 19:00~22:00
●場 所:CERO 秋葉原
●テーマ:アジア漂流紀行 〜瞑想の国は何を見ているか?〜
●参加費:2,500円(1ドリンク・軽食付き)

フェイスブックをやっている方はこちらから:

参加ご希望の方は、フェイスブックから、もしくは以下のメルアドへ、参加希望の旨をご連絡ください。






2012年5月2日水曜日

テレビ、雑誌

先日、MXテレビに出演した時の写真をアップしました。
http://www.mezaki.info/media/

先週発売のプレジデント(2012.5.14号)で、p81~83まで2ページ以上、幸福度について取材された記事が載りました。
 「データが語る、なぜか不機嫌な日本人の不思議」
http://www.mezaki.info/media/

5月9日23時からNHK BS1で放送予定の「エル・ムンド」に出演します。
http://www.nhk.or.jp/elmundo/


2012年4月21日土曜日

TOKYO MXテレビ 「日本人の幸福」


4月23日(月)21時から放送のTOKYO MXテレビ「ゴールデンアワー」に生放送で出演します。


「日本人の幸福」というテーマで、解説者の予定です!
http://www.mxtv.co.jp/gold/





2012年4月1日日曜日

語学ができない本当の理由と、克服の手引き

大学2年の夏、スイスのジュネーブで私はフランス語の短期留学をした。

私のクラスは、強烈な個性がひしめきあうジャングルだった。授業中に踊り出すブラジル人、ほとんど喧嘩腰で質問攻めをするアメリカ人、含蓄のあるうんちくを披露するドイツ系スイス人、そして口を開けばジョークしか言わないペルー人やスペイン人。

初めての留学経験でもあり、すっかり借りてきた猫となっていた私は、自分が異物のような感覚に襲われた。未知への期待を、巨大な不安材料がのみこんでいった。

先生に質問されたとき以外、私はほとんど発言しなかった。いつも観客席からの傍観だった。しかし心の奥では、積極的に好きなだけ、自然と発言ができる自分でありたかった。でも、どうしてもそれができなかった。

当時の私のフランス語は、第二外国語として少々かじった程度のレベル。そこで初日の授業は、先生の話す99%が理解できなかった。

もっと単語を暗記すれば自由に表現できるはず。そうやって自分自身に言い聞かせた。1週間で文法の教科書を一冊丸暗記し、単語も片っ端から覚えはじめ た。しかしすぐに、それが大きな勘違いだと気付かされた。

午前中の授業が終わり、クラスのみんなでランチをしていたときだった。クラスメートのほとんどが同年代の学生の中、みんなよりも2、3才年上だったスイス人が、ちょっと真面目な顔でみんなに問いかけた。

「ところでさあ、みんな、妊娠中絶は是か非か、どっちだと考えてる?」

ブラジル人が口火を切り、ぎこちないフランス語の議論が始まった。しばらく進むうちに、自然と英語に切り替わっていた。各自がそれぞれの意見を述べると、それまで黙っていた私に質問がきた。

「マサアキ、きみはいままで黙っていたけど、この問題についてどう考える?」

「へ?」

ちょっととぼけて、私は聞いてなかったふりをした。

「だからこの問題、妊娠中絶を、きみは賛成か、それとも反対のどっちなんだい?」

そんな問題など、生まれてから一度も考えたことがなかった。しかし何も意見が言えない自分が悔しく、苦し紛れにこう言った。

「ああ、ぼくは、反対はしないかな・・・」

その言葉には、なんの考察も込められていなかった。周りのほとんどが同年代の学生だったので、若いから仕方がない、という言い訳はできない。当時私の英語も下手くそだったが、語学の問題でもなかった。たとえ日本語で質問をされても、答えることができなかったからだ。

翌日のランチでは、話題は「死刑は是か非か」になった。 なるべく自分に振られないように目をそらしていたが、そうは問屋がおろしてくれなかった。

「マサアキ、君はどう思う?死刑について」

「あ、ああ、日本では、死刑は合法なんだけどね。は、は、は。そうだなあ、わかんないなあ・・・」

軽薄な対応しかできない自分が情けなくて、薄っぺらさに嫌気がさした。

「そうか。でも死刑制度ってのは、目には目を、歯には歯をみたいな、とても原始的な制度だと思うけどな」

スイス人がつづけた。しかしドイツ人が反論した。

「でもドイツでは、息子を殺された母親が、法廷で犯人を射殺するという事件があったんだ。で、のちの裁判では、母親はたいした罪に問われなかった。ドイツの世論は、母親に同情的な態度をとったんだ。時には殺人も正当化されるのだと・・・」

議論はつづいたが、私の頭の中は真っ白だった。何もいえず、黙って座っているのが精一杯だった。他のみんながそれぞれ意見を述べるたびに、一言一言が私をより深い劣等感へとおとしめていった。

私の劣等感は、肌の色や身体の大きさの違いからではなかった。彼らが自分自身であることを堂々と主張し、自分が軸となって生きているのに対して、それができない負い目からだった。

それまで私が日本で学んできたことは、過去の方法は何かを探り、常識やルールに従いながら「~らしく」することで、基準がいつも自分の外側にあった。だから私個人が何を感じ、何を考えるのかと、誰からも真剣に問われたことがなかった。そこで急に、知らないテーマを「どう考えるか」と尋ねられても、何も出てきようがない。

そんな、生まれ育った環境という自分でコントロールできないもので制約されていることが悔しかった。日本という文化で育ってしまったことを恨んだ。

もしかして、それは環境の問題ではなく、私自身の個人的な性格の問題だったのかもしれない。しかしすべてを自己責任とするには、やはり納得がいかなかった。できれば、環境のせいにしたかった。

ただしそれは、後ろ向きの姿勢ではない。「日本人として生まれて育ったのだから仕方がない」と、安易に諦めたくなかっただけだ。環境が私を抑圧してきたのであれば、この先の人生は、その抑圧を自ら解き放ってやればいい。

こうして、今まで教え込まれてきたことを脱構築し、再構築する日々がはじまった。

帰国後、世の中すべてについて「自分の意見は何か」という視点で積極的に考えはじめた。知識を増やすために情報を入手するのではなく、どう考えるかの材料として多くの情報を入手し、批判的な精神をもって頭をひねった。積極的にいろいろな人に議論をふっかけ、時には煙たがられもした。そして長期の休み中は、すべて海外ですごした。そうやって何年もつづけていると、だんだんと自分なりの意見が、どんなことに対しても自然と出てくるようになってきた。

そんなとき、語学力が飛躍的に向上していくのを実感できた。伝えたいことが山ほどあり、それを表現するための道具として、語学が必要不可欠になった。それ以来、劣等感も自然と消えていった。

その後、私はアメリカの大学で学び、外資系の企業で働き、ニューヨークやロンドンでも勤務した。そして10年近く世界中をくまなく旅し、旅の途中にイギリスの大学院で人類学を勉強した。大学院の授業では、私は分からないことをどんどん質問し、先生や他の学生と納得いくまで議論をした。世界中の人々と、夜通しで熱い議論をかわすことは日常茶飯事だった。各自が自己をしっかりと持ち、とことんまで話をしあう間柄だからこそ、国境も、人種も、年齢も、性別も意識せず、人間レベルで親しくなり理解しあっていく。

違う国や文化で育った人達とコミュニケーションをとる際、共通する事実の話は限られている。もちろん最初は、お互いの文化について情報交換すればいいかもしれない。日本のことをしっかりと説明できる能力も必要だろう。しかしそれだけでは、たいして間が持たないし、友情や愛情が育まれることもない。愛想笑いや、同じ釜の飯を食っただけでは不十分なのである。通訳や翻訳では、決して埋められない大きな溝がある。

自分が「こうありたい」という魂の叫びと、社会が「こうあれ」と要求するプレッシャーの狭間で、私は「こうありたい」をつらぬくために、いろいろと試行錯誤をしてきた。世界の共通語である英語は、そんな私を率直にぶつけても受け入れてくれる、広く寛容な世界へと橋渡しをしてくれた。

私にとって英語とは、国際交流というもの以前に、自分が自分でありつづける、正気を保つためのツールだったのかもしれない。



2012年3月4日日曜日

同性結婚を認めるべきか?

前回投稿した記事「男と男、女と女が結婚できる社会が意味するもの」が大きな反響をよび、BLOGOS編集部が「日本でも同性婚を認めるべき?」という議論の場を作りました。

以下がリンクです。


まだ賛否両論ありますが、こうやって議論がはじまること自体は進歩している証拠だと思います。

賛成、反対にかかわらず、どんな話題でも自由に議論できる社会であってほしいです。ネット上だけでなく、リアルの場でも同じように自由な議論ができればいいですね。